イスラエルその2 北部へ行く途中

旅日記といってもまったく更新してませんが、
今日は北部のキブツに行ったときのことを。結婚を控えたランの親友のロニちゃんが住んでいます。
北部に行くためには6番線という新しい高速道路を走るのだけど、一部、この高速道路がパレスチナの町のすぐ傍をびゅんっと通っている場所がある。建物の違いですぐわかる。ヨーロッパから来たユダヤ人は、ヨーロッパで使っていた家と同じものを再現するかのように三角屋根の家を建てた。でもここでは雪も降らないし三角の屋根は必要なく、アラブの町に来ると平たい屋根の建物が多い。やはり、もともとここに住んでいる人たちだ。中東の性格を把握している、というか。でも、アラブ人の中にも三角屋根の家を建てる人たちがいたり、ある種のスタイルになっていたり、色々なようだけど。
分離壁も、来るたびにどんどん新しいものが建っている。壁っていうのは不思議なもので、これはイスラエルが立てているもので、自分もこの時はイスラエル側に居たわけですが、これだけ背の高いコンクリートの壁がすぐ横にあると、まるで自分が隔離されているように感じます。空が狭くて本当に気持ちが悪くなる。でも実際はそういうことなんだろうと思う。壁のどちら側にいても向こう側にいけない、隔離をされてしまうのは同じことで。
今の状況では、隔離されているのはパレスチナ人のほうだということは現実にははっきりしているので、こう言ってしまうことに躊躇せずにいられないけど、イスラエル人の多く特にナショナリスト主義者たちには、「反対側」を想像する(パレスチナの人々が学校、仕事、病院にいけない等)力があまりにも欠けているので、まず『セキュリティー・ウォール』と呼んで壁を建て続けるイスラエル側も、この壁の造りだすなんともいえない病的な感じを、まず、自分達の損失として気づかないものかな。壁の向こう側の人たちを人間と思わないのであれば、「自分たちの」土地や風景(一部の極端なユダヤ人入植者は、勝手に人のものを自分の土地と呼ぶような状況)までもがコンクリートの不恰好な壁で壊されているってことを感じられないんだろうか。政府が勝手に決めた境界線にしたがってこっち側が自分達の土地、ここで「安全に」「幸せに」暮らせて何がいいっていうんだろう。。。わからない。

とにかく、自分の居る場所が嫌でしょうがない。イスラエルに居るってこういうことなんだろか。ちょっと立ち止まってみると、自分の考えや、自分と反対の考えを持った人々や、自分の応援する考えを持った人々や、まったく分かり合えない人々や、そういういろんな気持ちがあらゆる場所の空気に入り混じっていて、それをじ、っと考えてしまう。何か、何も手につかない、みたいな感じ。
どんな立場に居ようと、この壁が大きな悲しみをもたらしていることには変わりはないのに。

北部のキブツゴラン高原のことについてはまたあとで。。。